筑豊

先日、シニアクラブT先輩から、

「筑豊」のおこりと地理的概念
(書籍名・著者不明・ページ下の見出し)

と書かれた数ページのコピーをいただきました。
(以下、本文より抜粋)
筑豊といえば、
筑前の国、豊前の国の頭文字を合わせたもの
であることはよく知られていますが、意外に
「筑豊」という呼び名は明治初期からの発祥で、
炭田地帯である遠賀川川筋一帯を指すものであった
ということです。
遠賀川を上下往来する五平太船の船頭たちによって
設立された組合名に「筑豊」の略称が初めて使われたと
されています。

現在、新聞紙面の筑豊版エリアよりもさらに広く、
歴史をさかのぼれば、石炭産業つながりで
遠賀全域、中間市、北九州市の旧八幡村、
旧戸畑村、旧若松村、洞海湾地区まで含めて
「筑豊」と言われた?らしいです。

「筑豊」といえば、独特のイメージもありますが、
大変勉強になりました。
機会があれば、筑豊(まち)の事を考えながら、
筑前国(黒田藩)・豊前国(小笠原藩)の境界を
分けていたという石碑をあらためて見に行こうと
思っています。

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